ヅカオタ的な解説付き、ビーズ刺繍作品紹介

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芦屋のギャラリーTにて開催中の、

ビーズ刺繍ジュエリー協会講師による、

ビーズ作品の展示販売会に、

どどさんも参加しております。

真貴子先生からお話いただいた時には、

なんか面白そう。

っていう、毎度の直感で参加を表明したものの、

作っている暇があるのだろうか?

と、自分でも半信半疑の中、

毎晩、ちまちまと刺していったら、

なんとか完成し、

無事に間に合いました。

では、この作品について、

熱く語っていきますよ。

本当に、誰得なんでしょうか?

このブログ。

まあ、自分がやりたい!

そんな気持ちだけで突き進む、

どどさんのワガママ全開なブログですよね。

今回のこの作品は、

何を隠そう、

宙組エリザベートの公演ポスターのイメージをベースに、

実際に観劇して感じた事を、

表現してみました。

題名「愛と死の輪舞曲」

朝夏様については、

思いが溢れすぎて、

何からお伝えしたらいいかわからない位の、

情報量になりそうなのを、

何とか短文にまとめてみますね(笑)

朝夏様ってね、本当に人間性が素晴らしくてね、

ファンをものすごく大切にしてくれるし、

人柄の良さが、役を通して見え隠れしてくる様な、

そんなところが大好きなんですよね。

でもね、このトートって役は、

人間じゃないし、「死」の象徴。

エリザベートの心の影みたいな役どころなのよね。

だから、ネガティブな感情の塊の様な存在なのね。

まあ、朝夏様にだって、そんな感情はあるんだろうけれど、

ほら、本当に人が良いので、

そんな感情は、あえて他人に見せない様に、

生きてきている訳よ。

他人に不快感を与える様な事は、

今まで皆無だったに違いない!

って思える位の人よ。

トート役、どうするの???

って悩んだくらい、朝夏様には、

トート要素が無いのね。

案の定、大劇場初日近辺は、

本人も役と格闘している様に感じたわ。

イタいファンである私は、

あまりの辛さに、幕間にビール一気飲みよ。

劇場で遭遇した友人に、

「なんで、エリザなんかやるのよ?」

っていう、愚問を投げかける始末。

いや、応援しているし、

大好きなんだけど、

あそこまで、私の観たい朝夏様を封印されると、

本当に辛くてね。

私の観たい朝夏様は、

夏の太陽の様な、

熱くてキラキラしている笑顔の朝夏様ね。

そんな場面、あるわけ無いのよ。

だって、トートだもん。

「死」の象徴だよ?

朝夏様は観たいが、

観たい朝夏様は見れない。

まさに、客席の私は、

トートの朝夏様と、

「愛と死の輪舞曲」を踊っている様だった。

そんな朝夏様は、徐々にトート役にも慣れて行き、

立派に大劇場公演を勤め上げたのよ。

そして、そんなに辛いのに、

東京遠征までしたオタクの私。

もう、何度も宝塚で観たのに、

新幹線に乗って東京宝塚劇場まで行ったのです。

本当に、オタクとは業の深い生き物で。

しかし、そこに居た朝夏様は、

宝塚大劇場に居た朝夏様とは別人だったのです。

何ていうか、物凄く自由に楽しそうに、

トート役を満喫していました。

黒い翼をバッサバッサと羽ばたかせ、

舞台の中を飛び回ってました。

その時、私は、朝夏様の役者としての、

スキルの高さを感じたのですよ。

どんな役も、自分の中にある感情しか、

表現することはできないと思うのですが、

元々、無かったり、少なかった感情を、

手持ちの感情を全て砕いて、

別の形にして、

「トート」という役の形にしたよう。

黒い部分がトートで、

いろんな形のビーズをあえて並べずに、無秩序に並べてます。

朝夏トートの役作りを思い出しながら、

一つづつ刺していくと、

あの楽しくも葛藤した日々が思い出されましたね。(笑)

そして、朝夏トートのかつらの色を彷彿させるように、

全て黒にはせず、ちらっと、紫や濃紺を入れました。

ハートの輪郭は、トートの黒い羽をイメージ。

ハートの下の尖った部分は、あえて竹ビーズを並べて、

真面目な朝夏様をイメージ(笑)

対する白はエリザベート。

宮廷の花だったエリザベートだけど、

籠の鳥だったから、

輪郭はキッチリと淡水パールを並べました。

本当は羽があれば飛んで行きたかったはずなんだけど、

内側のスワロで、羽を作り、周りを宮廷のしがらみで、

がんじがらめになってる感じにしました。

スワロやパール、お花のモチーフで華やかに作ってるけど、

心の自由がなかったのよね。

この作品を作ってみて、

ようやく、私の中で、朝夏トートが完結したような気がします。

結局、愛が溢れた人が演じるトートは、

愛しか表現してなかったわね。

ラストシーン、死んだエリザベートが、

トートに抱かれ黄泉の国へ旅立つのだけど、

あんなに、待ってた人がやってきたのに、

自然に迎える感じが、なぜなのかな?

と疑問に感じていて、

いつかやってくるのが解っていたからなのかと、

思っていたのよね。

でも、今ならわかるわ。

いつも側に居たからよね。

素敵にディスプレーしていただいて、

感動しました。

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